Voice 005. とある若手の現実虚構(虚構編)                  

伊藤 翼(横浜市立大学)

※本記事はVoice 003. とある若手の現実虚構(現実編)の続編です。前編も合わせてお読み下さい。

 もう10年も前のことか、公認心理師法案の話が出たのは。当時は国も医療側も多くの心理団体も、二資格一法案以降にもうどうやったってこれ以上ないくらいの妥協点を探って、その落とし所として2014年に公認心理師法案の話題が出て興奮したのを覚えている。あれよあれよと話が進み、国会上程までこぎつけたものの、不運にも衆議院の解散によりあと一歩のところで廃案になってしまった。それでも、国会議員の先生や医療団体、多くの心理職団体の多くは公認心理師法案の再提出を目指していたけど、臨床心理士団体の内輪もめによって、公認心理師法案は提出すらできずに終わってしまった。

 当時、臨床心理士は民間資格の中でも最も規模が大きく、社会的地位もそれなりに確立していて準国家資格くらいの位置付けでもあったのかもしれない。それゆえ、国や他の団体としては臨床心理士団体のことを無視することはできなかったところはあったと思うし、臨床心理士側も国民の役に立てるという自負もあったはず。心理職の国家資格創設は臨床心理士団体としても長年の悲願であったし、数多くの議論はなされてきた。国家資格ができるかどうかは、最終的には臨床心理士団体次第だったのだろう。しかし、一部の臨床心理士は、自分たちのやり方こそが正しいと主張し、臨床心理士がそのまま国家資格になるべきだと譲らなかった。議論が足りない・民主的ではない(これまで何年議論してきてんだよって話だけど)と主張し、加えて個人への誹謗中傷や恫喝といったあらゆる手段を用いて、自分たちの思うようにならない公認心理師法案へ強く反対していた。まぁわからなくもない、既得権益を失うかもしれないからね。

 2015年は年が明けてからも世界情勢的に不安定なところがあり、他の重要な法案が優先され公認心理師法案の順位はどんどん下がっていった。臨床心理士団体は依然としてまとまらず、国会議員の先生方も辟易としたのか、公認心理師法案は上程すらされずに廃案となった。それからの心理業界では新たな民間資格はさらに乱立してもはや収集がつかず、そうして心理業界全体が急速に凋落し、大学での心理学教育は衰退していった。一方で、国とて心のケアの問題は無視できるわけではない。そこで、公的な方針に関わる臨床心理業務は既存の国家資格に割り振ることになり、各国家資格は自らの専門領域を拡大。これまで心理職が配置されていた機関では雇用要件には心理職は入らなくなり、既存国家資格が明記された。例えば、スクールカウンセラー制度は廃止され、代わりにスクールソーシャルワーカーが配置されるようになったし、病院では他職種に取って代わられた。多くの心理職が仕事に就けなくなり、かつては偉そうにしていた臨床心理士団体も徐々に規模は縮小していった。

 この10年の間の心理職の様相はこんな感じだ。周りは個人開業している臨床心理士ばかりになっているがどこもそれほど儲かってはいないと聞く。かねてから既得権益を持っていた人と下々の人間との格差は広がるばかりだ。この間、臨床心理士団体以外の心理団体は、心理職国家資格を創るべく着実に準備をして、虎視眈々とその時を待っていたようだ。そして、2025年現在、突如新たな心理職国家資格ができるということが話題に。臨床心理士団体は何も知らなかった。それもそのはず、同じ轍を踏まぬように臨床心理士を外して話が進められていたからだ。どうやらすでに他の職種にその業務を持っていかれてなお残った専門領域の資格のようだ。公認心理師法案ほど心理職側の要求が通ったものではなく、専門学校で取得でき、専門領域での活動が許可されるが医師の指示がなければ活動できず、開業も許されない。

 なんという資格だ…果たしてこれがかつて多くの人々が望んだ心理職の国家資格なのだろうか。本当に国民のためになる資格なのだろうか。あの時、臨床心理士団体が内輪もめせずに成立の方針でいればこんなことにならなかったんじゃないか、エゴを押し付けなければこんなことにはならなかったんじゃないか。対外的なバランスを優先すべきだったんじゃないか。たくさんの後悔ともに、自分がしたかった心理の仕事をできないまま、今日も変化に富んだ世界は廻っていく。


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 これが私の考える虚構(フィクション)。10年後こんなことになっていないこと願っているけど、現状がこれを現実(リアル)に変えてしまうかもしれない。今、私たちは岐路に立っている。もちろん、最悪で不幸な未来の可能性の一つにしかすぎないし、悲観的だと揶揄する人もいるかもしれないけど、私はクライエントの行く末も心理職の行く末も自分自身の行く末も真剣に考えたい。某青い鳥SNSでは、まるで自分のやり方や考え方が正しいと主張する一方で人の話に全く耳を貸さない人がいると聞く。まぁそのSNSは議論のためのツールではなくて、発信するためのツールだから言いたいこと言うのはまぁいいと思うよ。この文章だって発信だし。どんな学派やスタンスがあっても構わないし、お互いがそれぞれ尊重したり、時には自分でも活用してみればいいと思う。ただ、これまでも見過ごせないことは多々あったんだよ。直近だと前編の内容を自分たちの正当性を通すために使われるとか。

 若手は先輩方の背中を見てるよ。くれぐれも、ロクでもない虚構をつくり上げて若手をいいように使ったり、臨床家としてみっともない姿を見せたり、既得権益を振りかざしたり、といった老害呼ばわりされるようなことのないように、現実をしっかり見ていただきたい。ついていきたくなるような、いつか並びたくなるような、いずれ追い越したくなるような、かっこいい背中を見せてもらいたい。