Voice 003.  とある若手の現実虚構(現実編)

伊藤 翼(横浜市立大学)

 もう10年も前のことか、二資格一法案の話が出たのは。当時は臨床心理士のする仕事に魅せられて、心理学科に入ったんだった。大学入学前に、まだまだ情報も少ない中でインターネットを駆使したり、本を読んだりして調べたんだけど、心理職の国家資格がないんだってことに愕然としたし、一方で早く国家資格できないかな~なんて淡い期待なんかを抱いていた中で、2005年頃にも国家資格の話題が出て興奮していたのをよく覚えている。学会のシンポにも出てたし、その後も職能心理士の話とかもあって、大いに振り回されてきた10年だった。いかんせん、下々には上の方々の情報がなかなか入ってこないんでモヤモヤしてた。

 なんで振り回されてたかっていうことの理由は明らかだよね。自分の将来に影響するからに決まってる。当時すでに国家資格があったらたぶんそっちを優先してたと思う。まぁ結果二資格一法案は流れちゃったんで、臨床心理士を目指したわけだけど、臨床心理士資格を取得して働くことにだって、「クライエントさんの人生を背負うし、すごく大変な仕事だ」「職もそんなにあるわけじゃないし、給料も高いわけじゃない」「自分自身が定まってないのに、そんなんでできるの?」その他諸々あーだこーだ言われ続けてここまで来た。いやー、今言われても耳が痛いし、まだまだ未熟で精進しなきゃな、と思ったり。

 学部から大学院まで、一応6年間心理学を学んできたけど、全然勉強が足りないし、現場に出て学ぶこともたくさんある。心の専門家だなんてまだまだ胸張って言えないからこそ、これからもクライエントさんのために学び続けるだろうし、その努力は惜しまないつもりではいる。ただ、ここで問題になってくるのが、「自分の生活」と「お金」と「経験」のこと。よく求人情報を眺めるけども、任期付き・薄給・非常勤・経験3年以上(これ最近多い)という条件をよく見かける。現在の生活回すので手一杯になるし、研修・SV・書籍など自己研鑽に回すお金はないし、経験を積めと言われても大学院を出てから働く場所はないし、先行きが見えなくて不安は募るし…。いや、わかってはいたけど、実際経験してみるとだいぶしんどい。クライエントさんのための資格であるとはいえ、自分が生きていけないと提供できるもんもできないわけで。これが高学歴ワープアってやつなのね、そうなのね。若手が経験を積める場が未整備なのかは未だ大いに謎である…。「都市部は心理士は飽和状態、地方は足りない。じゃあ地方で働けばいいじゃない。仕事を選ぶなよ」って言うは易し、行うは難しでそんなに簡単にできることでもない。

 ま、こんな現状がもう長いこと続いているし、下手すりゃこれからも続いていくんだろうな、と思う。国家資格ができたことで大きな変化があるわけではないだろうし、そこにそれほど期待しているわけではない。でもさ、こんな現状が続いてたらこの職種への魅力はどんどん失われてしまう気がするよ。今、仕事があって生活も安定している方も、当時は苦労されたんだったらわかるとだろうけど、仕事がなければ経験も懐も寒くなるし、SV・研修・研究・学会といった自己研鑽の類も続けられないし、いいモノは提供しにくいよね。こんな状況だから、最低限の基準もないままあっちこっちに似通った民間資格も乱立してるし、一定の枠は必要だろうな、と思うわけ。枠の必要性は臨床心理士ならよくわかってるよね。そして、この現状は臨床心理士に限ったことではないよね。

 先に述べた考え方だってぬるいって言われるかもしれないね、昔はもっと大変だったとよく聞くし。先人たちがつくってくれた臨床心理士は、ここまで社会的地位を得たし、よく変わらずにここまで来たと思うし、民間資格でここまでやってこれたのも正直すごいと思うし、資格自体は存続してほしい。でも、一方でそれがエゴになっているようにも見える。臨床心理士は変わらなくても世の中は変わっていくのだ。(虚構編へ続く)