Voice 030. 若手研究者から見た公認心理師

匿名希望

 私は主に研究職として仕事をしている若手の臨床心理士である。アメリカ心理学会が提唱した科学者―実践家モデルで言えば,前者の方に比重を置いている。より具体的には,研究職として仕事をしている時間が約80%,非常勤の心理職として仕事をしている時間が約20%の割合となる。学位をとるまでは,現在よりも実践をしている時間が長かったが,いずれにせよ研究に軸足を置いていた。

 

 今回,若手の臨床心理士として働き始めた途端,「公認心理師ができてこれからどうすんの!?」というテーマをいただいた。いただいたテーマとは違うのだが,せっかくご依頼をいただいたので,今まで漠然と考えていた,公認心理師への懸念について述べたいと思う。

 

 私が現在,公認心理師に対して抱いている懸念は,その職務内容に「研究」が含まれていないことである。公認心理師推進ネットワークのホームページには,公認心理師法案が掲載されているので,まずこの法案を引用してみよう。公認心理師の職務については,第一章総則の中の,第二条に記載されている。

 第一章 総則

 (中略)

 (定義)

第二条 この法律において「公認心理師」とは、第二十八条の登録を受け、公認心理師の名称を用いて、保健医療、福祉、教育その他の分野において、心理学に関する専門的知識及び技術をもって、次に掲げる行為を行うことを業とする者をいう。

 一 心理に関する支援を要する者の心理状態を観察し、その結果を分析すること。

 二 心理に関する支援を要する者に対し、その心理に関する相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うこと。

 三 心理に関する支援を要する者の関係者に対し、その相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うこと。

 四 心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供を行うこと。

 臨床心理士の専門業務と対応させると,一は臨床心理査定,二は臨床心理面接,三と四は臨床心理的地域援助に,おおむね対応すると考えられる。つまり,これまで臨床心理士の専門業務とされた,「調査・研究」に対応する内容が公認心理師の職務として法案に記載されていない。

 

 もちろん,公認心理師は臨床心理士の上位互換や下位互換の資格ではないため,臨床心理士の職務内容をそのまま受け継ぐ必要はないだろう。しかし,調査や研究が公認心理師の職務内容に含まれないことは次の点で大きな問題がある。

 

 まず,最も大きな問題点は,自身の実践についての裏づけを提供することができないことが挙げられる。公認心理師は国家資格であり,これから心理職は国民にサービスを提供する際に,より一層そのエビデンスが問われる。特に保健診療の制度の中に組み込まれる際には,数字で自身の実践の有効性を示さなければいけない。これからは,日本においてもランダム化比較試験を行って,特定の支援や介入の有効性を明らかにしていく必要がある。職務内容に研究が含まれないことは,このような潮流に反した流れであるだろう。

もちろん,現在検討されている学部・大学院カリキュラム案には心理学統計や心理学研究法,卒業論文・修士論文は必須単位として組み込まれているため,養成課程で研究に触れないということはない。しかし,養成課程において修士論文を執筆し,職務内容に「調査・研究」が含まれている臨床心理士でさえ,自身の支援の有効性を示してこなかった。職務内容に記載のない,公認心理師ではなおさら研究への関心が低くなるのではないかと危惧している。

 

 その他,公認心理師の職務内容には「四 心の健康に関する知識の普及を図るための教育および情報の提供を行うこと」と記載されているが,研究に関心がない場合,提供する知識や情報がアップデートされないといった問題がある。これまで有効性があると考えられてきたことが,実はそうではなかったということが判明したにも関わらず,古い知識を提供し続けてしまうとサービスの受け手には害を与えることになる。また,新たに研究で示された知識や情報を仕入れることに関心があったとしても,研究を批判的に見る目がなければ,不適切な手法によって得られた知見や限界のある知見を鵜呑みにしてしまう危険性があるだろう。研究に関心を持ち,研究を批判的に検討する力を身につけるには,自分が研究を継続的に実施していくのが一番の近道である。

 

 このように公認心理師への懸念について述べてきたが,公認心理師は心理学ワールド全体をあげての資格であるという喜ばしい面もある。つまり,公認心理師には基礎心理学の研究者とも連携がしやすいというメリットがある。研究は必ずしも公認心理師だけで遂行する必要はなく,研究者と連携して研究を行えば良い。公認心理師の職務の中での気づきを,研究者に相談することで研究に落とし込み,有用な知見を産出する。また,研究者の臨床的な関心を,公認心理師に相談することで研究のための研究にはせず,より現場で利用できる形に変更していく。そのような関係性を公認心理師と心理学の研究者が築いていければ良いし,公認心理師と研究者をつなぐネットワークが作られることを望む。また,自身も研究者よりの臨床家として,微力ながらそういった取り組みに寄与したいと考えている。