Voice 014. 生活困窮者自立支援法制定に向けた活動から見た心理職の国家資格化

鈴木晶子

一般社団法人インクルージョンネットよこはま理事 /一般社団法人生活困窮者自立支援全国ネットワーク事務局研修委員 /NPO法人パノラマ理事)

 私は若年生活困窮者の地域支援をしている臨床心理士です。一介の臨床心理士ですので、心理職の国家資格に関しては自宅に届く臨床心理士会の会報や、インターネット上でみる賛成派・反対派双方のご意見以上に知るところはなく、多くの現場の臨床心理士の方々と同じ立場ではないかと思います。しかしながら、こうして「声」を届ける機会を頂きましたので、これまでの地域支援と制度化を目指す活動をしてきた立場として、思うところをお伝えしたいと思います。


(1)生活困窮者支援の制度化に向けた原動力

 平成27年4月から生活困窮者自立支援制度がスタートし、全国全ての自治体で生活困窮に関する支援を受けることができるようになるのをご存知でしょうか?これは2008年末の年越し派遣村、さらに遡れば生活困窮者という支援する制度のない方々を手弁当で長く支援してきた一部民間団体や自治体の活動に源流がありますが、国が本格的に議論を始めたのは2010年のことです。ですから、議論開始から5年で制度がスタートするに至ったわけです。介護保険制度が6年、子ども・子育て新制度が8年の議論と準備を経て制度化されたのを考えれば、非常に短い時間でのスタートです。これは、関係者「一丸」となって制度化に向けて尽力した結果であろうと思っています。

 議論の始まりは2010年に内閣府でパーソナル・サポート・サービス(以下、PS)という複合的な困難を抱える生活困窮者に、縦割りではなく寄り添って支援する新しいサービスのモデル事業がスタートした時です。こうした支援が必要なのは生活困窮者は非常に多様で、抱える課題は多岐に渡るからです。私はこの2010年度の最初の5カ所のモデル地域の一つである横浜で、事業統括として支援と事業運営に携わってきました。そこからPSのモデル事業は3年間続き、モデル地域は27カ所に増えました。この成果は、生活困窮者自立支援する新しい制度になることを目指し、厚生労働省に引き継がれました。

 このPSのモデル事業の関係者は、必ずしも一枚岩ではありませんでした。私は元々ひきこもりや若年無業者の支援からスタートしましたが、横浜では縦割りでない支援を実現するため、他の若者支援団体や、野宿者支援、女性支援、外国人支援、障害支援、さらには弁護士会や司法書士会といったさまざまな団体が協働で事業を運営しました(その結果誕生したのが現在私が所属するインクルージョンネットよこはまです)。その中では当然それぞれのアプローチや価値観、支援の手法、事業運営の仕方に違いがあり、日々喧喧囂囂の議論が繰り返されました。

 また他地域でも、それぞれの運営団体のスタートはホームレス支援、労働運動、障害者の当事者活動や支援活動など地域によって多種多様でした。当然、地域の事情、各地域で運営する団体の得意な領域、支援の中で大切にしている価値観、支援方法など多種多様でありました。支援の担い手となる専門職も、社会福祉士、キャリアコンサルタント、私のような臨床心理士と多様でした。しかし、こうした専門職の支援がカバー仕切れなかった領域ですから、むしろ当事者や家族、見かねた市民活動家など既存の専門性とは異なる人材が支援の担い手でした。内閣府のパーソナル・サポート・サービス検討委員会では、最初にモデル事業を開始した先行5地域から私をはじめ現場の人間が構成員として加わり、さまざまな議論があり、やはり多くの違いがありました。しかし、既存の制度の隙間からこぼれ落ち、切迫した状態の生活困窮者が目の前にいる事実だけは各地域共通でした。そして、こうした生活困窮者が全国に膨大な人数居るのだと言う認識も共有できました。この方々を支援するには手弁当の支援では限界であり、さまざまな懸念はあるものの、より多くの人に支援を届けるためには公的な制度が必要なのだ、その想いが各団体や地域の違いを超え、一丸となって制度化を目指す大きな原動力となっていました。


(2)制度スタートに向けた困難

 こうして、厚生労働省での制度化を目指して法案提出の準備と、新たなモデル事業が同時にスタートしました。これからは、全国で行われる制度になるわけで、これまでの一丸となって制度化を目指す人々以外にも多くのステークホルダーができました。当然、その中には積極的に制度を作っていこうという立場ではない方もいらっしゃいますし、総論賛成各論反対で議論が尽くされていないと考える人も居たでしょう。実際に懸念点は数多くあるのですから。その意味で、法案提出と成立までのプロセスは調整に次ぐ調整であり、厚生労働省担当課、推進する団体や自治体、有識者の方々の苦労たるや、想像するに余りあります。こうしたプロセスを経て、やっと法案の提出、そして成立に至りました(一度は廃案になりましたが、次の国会で成立しました)。

 また、これと並行して当初より懸念されており、この段階になって現実のものとして取り組まなければならなかったことに、人材育成があります。PS時代はそれなりにこれまで取組みの実績のあった地域がモデル地域になっていましたが、今度は全国で生活困窮者支援の経験のない地域が支援をスタートするわけです。ある程度の質を保つための運営のガイドラインやアセスメントや支援方針をたて、支援を進めていくためのツールの開発、人材育成事業が行われることになりました。私はこの中で相談支援事業のアセスメント・支援プラン作成・支援のモニタリングに関わる帳票類の開発と、人材育成に携わってきています。そこでの具体的な課題は、実際に経験のない地域での支援がスタートして初めて見えてきたものも多くありました。


(3)心理職の国家資格化を考える

 ここまで読まれた方の中には、「もっとじっくり議論をして体制を整え、人材を育成してから制度をスタートすれば良いのに」とお感じになる方もいるかもしれません。しかし、そうはいかないのです。

 何よりもまず貧困の現場は支援を必要とする切迫した人たちがおり、支援をするためには制度が必要なのです。今やらなければ命にも関わる方たちがいらっしゃいます。そこまでではないにせよ、生活が苦しく、何年も待てない人たちがいらっしゃるのです。それを自分の生活を犠牲にして無償で支援している支援者がいるのですが、何年もどこからの援助もなく無償で支援ができる経済基盤を持った奇特な支援者の数に対して、既に日本社会の貧困は大きな広がりをみせ、生活困窮者はあまりに多くいるのが現実です。不十分でも多くの人に支援を届けるため、公的な社会保障制度として位置づけられ、支援をしながら充実を目指すことがどうしても必要なのです。PS時代に20億円だった予算は、新制度の初年度にあたる来年度は820億になりました。わずか5カ所でスタートした事業も、901カ所全自治体で支援が受けられるようになったのです。

 心理職の国家資格を望む声が、とりわけ医療現場から強く出ていると聞きます。それはそうだろうと思います。医療の現場は医療保険制度という公的な制度で運営されており、その中に心理的援助の必要な患者さんが日々訪れるわけですから、現場の方にとっては「待ったなし」でしょう。心理職が国家資格となれば、医療保険制度の中に位置づけられ、援助を届けられる患者が増える道が開かれるかもしれません。国家資格はその第一歩ですから、入り口で立ち止まるわけにはいかなでしょう。

 また、法案を出すというのは既に多くの方々の尽力があり、さまざまな調整の手を経た結果ではないかと推察いたします。これをゼロベースに戻して一から議論をし直し法案を提出するために、また同じ方々が同じ熱意で取り組んでくださるでしょうか?ものにはタイミングや段取りというものがあります。恐らくここまで来たのは心理を生業とする私たちだけでなく、医師等関連する領域の方々や、政治家の方々、厚労省・文科省の担当部署の方々など、多くの方々の多大なる尽力によるものであり、一介の心理士としても感謝の想いでおります。それは同時に、社会から寄せられる心理専門職への切実なるニーズであろうと重く受けとめたいと思います。

 私が思うに国家資格というのは、「私たちがどうありたいか?」という問題が論点ではありませんし、いわんや私たちのありように国家からお墨付きをもらうことでもありません。それは「社会は何を求めているか?」であり、「私たちはこう応えられる」という回答です。大きな課題を抱えた日本社会と、それを支える社会保障制度の中で、その一翼を担う専門職として私たちが何をどう成し遂げられるのかです。そのためには、この切迫した我が国の現状を想い、少しでも多くの人に速やかに心理援助を届けることが必要なのではないでしょうか。小さくても課題があっても、まずは始めることが大切なのではないでしょうか。その成果と課題を皆で共有し、より良いものに大きく育てていくことは国家資格になってからでもできるように思います。