Voice 012. 心理職の国家資格について考えたこと

 私のアイデンティティは「認知行動療法を専門とするサイコロジスト」です。大学で基礎心理学を学び、大学院で臨床心理学を学び、基礎心理学を臨床心理学にどう活かすか、という視点で修士論文を書き(博士論文も結局同じテーマでした)、現場(精神科クリニック)に出ました。現場でサイコロジストとして働くには、臨床心理士を持っていたほうがよかろう、ということで、その資格を取りました。私にとって「臨床心理士」資格は現場で心理学に基づく治療や援助を行うためのツールにすぎません。アイデンティティではないのです。だから臨床心理士という資格をめぐるあれこれには積極的に加わる気になりませんし、公認心理師という新たな国家資格が出来たとして、それと臨床心理士との関わりについても、あまり関心が持てません。「臨床心理士という資格があるから今まで仕事をしてこられたのではないか。なのに関心が持てないとは何たることか!」というお叱りは甘んじて受けますが、それでもなお関心が持てないのですから仕方がありません。


 一方で、心理学に基づく治療や援助に関わる国家資格が必要であると強く考えております。なぜならそれを必要とする人々(ユーザー、当事者)が多く存在することを知っているからです。現在、私は開業し、それを必要とする人々から高額なお金をいただく形で、実践を続けております。それでも予約でいっぱいで、必要とする方たちのニーズに応えられていない状況です。一方、別のプロジェクトではアウトリーチで、それを必要とする人々に対する援助を行っています。こちらはボランティアです。当事者からは一銭もいただかず、援助を提供しております。実はこちらもニーズがあるのに私たちのマンパワー不足により提供が追い付いていない状況です。幅広くニーズはあるのです。国民から幅広くニーズのある専門職は、やはり国家資格であるほうがよいと思います。国家資格化され、職種として安定すれば、それを職業に選ぶ人も増えるでしょう。さらに対人援助や心理学的治療という極めてデリケートな業務に携わる職業であれば、やはり何らかの形で国家がその従事者の知識とスキルを担保する資格が不可欠だと思います。特に医療の場で何らかの実践をするのであれば、国家資格が不可欠でしょう。


 では、ユーザーが必要とする心理学的治療や援助に関わる国家資格の要件とは何か。自分がユーザーになることも想定して挙げてみます。


1)心理学の知識を十分に有していること。

2)その知識を実践に活かす十分なスキルを持っていること。


 なんだ、それだけか、という感じですがこの2点に集約できます。ではこの2点についてもう少し具体的な要件を考えてみましょう。


1)心理学の知識を十分に有していること。→ここでいう心理学は主に「基礎心理学」と「臨床心理学」の二つです。基礎心理学には、たとえば発達心理学、行動心理学(学習心理学)、認知心理学、神経心理学、社会心理学などが含まれます。そして臨床心理学には、心理学的治療や援助に関わる様々な学問領域が含まれます。精神分析、ヒューマニスティックアプローチ、認知行動療法、家族療法など、主要な臨床心理学的アプローチについても学ぶ必要があるでしょう。さらに精神医学やソーシャルワークなど近接領域の知識もある程度必要になるでしょう。


2)その知識を実践に活かす十分なスキルを持っていること。→相手の話を傾聴し、受容共感的に受け止めるスキル。インテーク面接をしっかりと実施して見通しを立てるスキル。アセスメントのスキル。自身が提供する心理学的治療や援助についてわかりやすく説明するスキル。自身が提供する心理学的治療や援助を安全かつ効果的に実践するスキル。自身が提供する心理学的治療や援助の進捗と見通しについてわかりやすく説明するスキル。自身が提供する心理学的治療や援助について効果を的確に検証するスキル。自身が提供する心理学的治療や援助を安全に終結し、フォローアップするスキル。※説明の対象者は当事者はもちろん、家族や職場の人、また治療・援助チームの他の専門職、地域の人などが含まれます。


 臨床心理士は「心理臨床学」に基づくのであり、それは心理学(基礎心理学)とは異なる学問である、という主張をときおり見聞きしますが、非常に違和感を覚えます。「心理士」であろうが「心理師」であろうが、多くのユーザーはその人を「心理学」の専門家であると認識するでしょう。心理学の勉強や訓練を積んで資格を取った人であるとみなすでしょう。そして基礎心理学であろうが、臨床心理学であろうが、心理学には様々な知見が積み重ねられています。「心理士」「心理師」を名乗るなら、それらの学問をまずしっかりと学び、さらに実践的なスキルを磨いていくべきだと私は考えます。冒頭に書いたとおり私は認知行動療法を専門としていますが、認知行動療法自体はサイコロジストの専売特許ではありません。医師も行えばナースも行う。PSWやOTなど、他のコメディカルも行います。サイコロジストが行う認知行動療法の特色は、やはり心理学的知識に支えられながらそれを行っているということだと思うのです。他の職種が実践する認知行動療法についても、心理学的側面であればコンサルテーションができるでしょう。そういうコンサルが求められる存在でありたいと常に考えております。


 公認心理師という国家資格ができることは上記の理由から大歓迎です。その場合、上の2つの要件を満たす資格になってほしいと切に願います。私は30代の半ばにPSWの資格を取りました。フルタイムで仕事をしながら国家試験をパスするための勉強はかなり大変でした。今回、公認心理師が無事国家資格化されたら、今度は40代後半(たぶんほとんど50歳)で国家試験を受けることになります。どう考えてもものすごく大変です。でもそれによって、心理学的治療や援助を必要とする多くの人に治療や援助を届けられるようになるのであれば、国家資格も大歓迎です。錆びついた脳みそに鞭を打って頑張って試験勉強に励みたいと思います。公認心理師推進ネットワークがそのための一助になることを願って応援したいです。今井たよかさんの、法案を推進する個人の声を、匿名性を守りながら表明できる「安全な場」を作りたい、という思いは、非常に臨床的で素晴らしいと感服しました。


 最後に、話題になっている医師の「指示」問題について。これがなぜ「問題」なのか、私にはわかりません。我々開業心理士としては、通院しているクライアントの場合、必ず「医療的指示」をもらいますし、そのような指示をもらうべく様々な工夫をします。むしろもらえないと困るのです。もちろんそれは医療的指示であって、心理学的指示ではありません。医師による指示ですから。しかも指示は命令でもありません。あくまでも「医師が何かを指し示す」だけです。その指示に疑問があればこちらから尋ねることもしますし、ときには指示を覆す提案をする場合もあります。実際に、医師による指示は、事細かな「指図」ではなく、こちらが裁量できる余地のあるものがほとんどです。医療にかかっている当事者で、援助や治療で焦点を当てる問題が医療で扱っている問題と重なる場合、医師に指示をもらうことは当事者の安全を守るために不可欠です。そしてそれは私たちの安全やリスクヘッジでもあるのです。